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コーチング研修(教育)

「すごい先生のシンプルな授業」辻哲哉氏 後編

子どもと同じ目線で関わるということ

基本的に、教師は子どもと対等じゃないと思います。対等というよりも、子どもたちと同じ目線で関わるということが大切です。

例えば授業の時に横を向いている子がいたとしたら、『こら、前向け』って、慣れてきたら怒ります(笑)。

でも、最初は怒らない。何で横向いているのかを聴く。結局わからないから横を向いているのか、僕の喋り方がいけないから横向いてるのか、僕が嫌いだから横向いているのか、わからない。聴くってことは、同じ目線ですよね。

まずそこからスタートするんです。

男の先生が初めて担任になった女の子で、『男の先生が恐い』っていう子がいました。
それを無理に回復しようとはしなかった。

『しょうがないよな、恐いよな、しょうがないよそれは。』って。

『先生は先生やから自然に行くから、あなたも嫌でも無理に直す必要ないよ・・・』って言ったら、だんだん怖さは解消されていきました。

無理してこじ開けようとしないんです。それはコーチングの「承認」って同じことだと思う。好きになれって言っても無理でしょ。

もう一つは、同じ話題を持つことですね。僕の授業は全部プリント(ワークシート)でやります。

教科書だけじゃダメなんですよね。教科書は、子ども目線じゃないから。

教科書にある問題も子ども目線の問題に変えてしまったらいい。

ちょっとしたことですが、教科書に『稲垣君は、りんごを10個買いました。1個50円です。いくらでしょうか?』っていう問題があるとする。

もしうちのクラスにテツヤくんていう子がいたら、『テツヤくんは、りんごを10個、近藤商店で買いました。』って問題を変えただけで、テツヤ君はクラスにいるし、近藤商店は自分の街にある。たったそれだけで、子どもって授業に食いついてくる。そのためには、子どもの発想や学びに沿ったプリント(ワークシート)がいる。

プリント(ワークシート)は毎年作ります。その子たちの発想の流れが違うから、必ずその子たちの状況に合わせた、プリント(ワークシート)を作成するんです。毎日1日、国語、算数、理科、社会ってあったら、4枚のプリント(ワークシート)を作る。全部の授業に対して。

毎年子ども達は違います。だから、毎年プリント(ワークシート)を変えます。最初の段階では、わからないんです。だから以前持った学年と同じ学年なら、以前のプリント(ワークシート)をまず使う。

でも段々合わないのが見えてくる。

一番よくわかるのは国語。

同じ発問をしても、反応や答えが返ってこないときがある。

その時々の集団の力量に差があるんですね、完全に。全然違うんですよ毎年。そこで、その学年にあわせて、授業のレベルを下げてしまうと、それは子どもたちをバカにしたことになってしまいます。

だから、学びが行きつくところは一緒にして、そこまで持っていくアプローチを変えていくんです。

それを利用したのが、理解速度別クラスによる学習(習熟度の一種)。

算数で、行き着くところは、100点取ることなんだけど、子どもの理解する速度に合わせてクラスをわける。

例えば、掛け算で九九をみんなができるようにしたい時、九九を暗記させます。暗唱させて出来る子もいるけど、暗唱ではできない子もいます。そんな場合、どうするかというと、理解に時間がかかる子たちのクラスでは、カードを使ってやったり、パソコンソフトを使ったり、どういうルートを通っても行き着くところは同じにする。

理科ならば、温かい空気は上へいって、冷たい空気は下にくるっていうことがわかる授業をしたいとします。

力のある学級だったら、「何故そうなるか考えてみなさい。」って言えば、子どもたちは理科室をうろうろし始めて、温度計持ってきたり、机を積み上げたりするんですね。

でも、そうじゃない学級もある。

そういうときどうしたらいいかって言うと、『どうしたら調べられる?』と、まず、調べられるかということを考えさせるんです。

そしたら『温度計で測ったらいいんじゃない』って、『そうか、じゃ先生温度計持ってくるわ。

どうやって使ったらいいか班で考えてみよう。』と返すと、子どもたちは班で考えはじめる。

こういう段取りを通して、授業をする。それがつまり、プリント(ワークシート)が一番やりやすいんですよね。

プリント(ワークシート)にアシストがいくつかある。ここはコーチング的フローの流れですよね。難しいことはなくて、この方法を身に付けていくと、授業がやりやすくなる。

〜授業は真剣勝負(子どもの反応にどう切り返すのか?)〜

しばらく子ども達と一緒にいると、こう投げかけたら子どもたちはこう反応するっていうのが、だいたいわかってくる。

これは、ベテランの教師だったら経験でわかると思うんです。

大事なことは、それをうまく使いこなせる教師であるかということだと思います。

子どもの反応に対していくつの切り返しをもっているか。

つまり、引き出しを多く持っていることが大事。

新採の先生方はこれが苦手で、マニュアル通りだったらできるんですが、マニュアルから外れるとできなくなる。

僕は、先輩に『子どもが食いついてくる発問をいくつも用意しなさい。プリント(ワークシート)を活かしていく発問をするのです。』って教えてもらいました。

だから、それで発問をすごく意識しはじめました。

昔は、常に、返す言葉を用意しなければ授業をさせてもらえなかったんです。

ある研修では、ひとつの質問に対して60の子どもの反応に対する切り返しを用意しなさいといって、徹底的に一つの発問に対する切り返しを用意する訓練をしたこともあります。

でも、最終的には、子どもによって鍛えられるんですよね。

良い授業をすればするだけ、子どもから返ってくるものが多くなってくる。

そうすると、それに対応しなければならない。

教師は、下手な授業をするのが、一番楽なんですよ。下手な授業をすれば、子どもはだまって聞いてくれるから、難しい質問も発想も返ってこない。

良い授業をすると、子どもは反応するでしょ?反応に対して反応を返さないといけない。

だから教師は、一生懸命切り返しを考えるから教師が鍛えられる。

子どもと教師の真剣勝負が行われる。僕はよく子どもたちに言っています。

『授業は真剣勝負やぞ』って。

授業時間と到達点の折り合いをつける

算数なんかで、例えば、何故こうなるんだろうって子どもが考えるじゃないですか。

考える時間は決めるんですよ。

まず、教師が発問をする。

その後、子どもたちが10分間考えるんだけど、まずは「わからなかった子」と、「考えたけどわからなかった子」に聞きます。
わからなかったっていう意見の子を先に当てます。 子どもたちに何がわからなかったのかをしゃべってもらうわけです。

『僕はここまではわかったけど、ここからがわからなかった。』って、そしたら、これを解決してくれるために、説明してくれる人を次に当てます。

すると、自分が話したいから手を挙げた子はここで淘汰され、その友達の疑問やわからなかったことに対して返そうとする子しか意見は話さないわけです。

そこで線引きができる。ところが、しゃべっている間に何が起こってくるかというと、この子がわかるまで説明しなきゃならないので、時間が来てしまうわけなんです。

小学校では、自分が担任しているから、延長ができる。

基本としては、授業は授業の中で終わらないといけないけれど、子どもの発想は違う。そこで悩みました。

それで、考えたことは、子どもに考えさせる部分と、教師が説明する部分とを、整理していかなければならないということでした。

やっぱり授業は、基本的に45分で終われるようにしなければだめだと思う。

そうすると、子どもが問題の中で、まず自分の考えをまとめていくプリント(ワークシート)があって、考えを作り出すための大きな空欄をあけておく。

そこに自分の考えをまとめて書き込むのに時間を十分割くのか、わからなかった子に説明することに十分時間を割くのかをはっきりしておくと、整理がついていく感じになる。

子どもに考えさせる、子どもを動かしたい、鍛えたい、理解させたいというのをはっきりさせておくことはとても大事だと思います。

学校現場でコーチングをどう活かすか

自分は、今までは、コーチングを意識してなかった。

ところがコーチング研修を受けて、初めて自分のやっていることはコーチングの一部だったんじゃないかと分かってきました。
そんな中で、現在学校で、どんどん子どもたちのコミュニケーションスキルが落ちていっている。それを補うスキルになれるのがコーチングではないかと思います。

特に中学校なんかで学校が荒れてきている。第3期の荒れがきつつある。そこでこれに対応するために、何を手法としていけるのか。

カウンセリングでは難しいと思うんですよ。子どもに必要なのは、過去を振り返るのではなく、積極的に前にいこうとすること。まさにゼロからプラスへの発想です。その子が自分の足で立てるようにしてあげないといけない。そのためには、コーチングだと思う。

本を読むとね、コーチングの中に、信じて、認めて、任せるっていう信・認・任ってのがある。これって、自分たちが普段おたよりや学級便りとかで書いているものだなって思いました。

まず、この子はできるんだ、この親わかってくれるんだ、という思いから入る。そして、子どもにまずやらせてみて、そして認めていく。人は、見せて、教えて、やらせて、誉めるんだって。後から本を読んでわかったんですけど。

『もしもうさぎにコーチがいたら』、あれ読むと本当におもしろいですね。教育書に書いてある難しいことが、あそこに簡単に書かれている。教育書も言ってることはまったく同じ。だからコーチングは学校教育に使えるんじゃないかと思う。

若い人をキーパーソンに育てるツールって何かっていうと、コーチングでしょう。
中学校の研修って、教科担任制だから共通の研修を行うのが難しい。みんなでやろうと言っても、『僕は、数学だから、僕は英語だから。』ってなる。

ところが、中学校で研修が成立するのは何かというと、道徳や授業方法ですね。

これだったらみんなでできる。それに当たるものって何かって言ったら、小学校も中学校も幼稚園も、コーチングだと思います。コーチングを活かした授業となると、各学校でアレンジができる。でも、そのベースにあるのが何かというと、子どもたちのために、子どもたちの話を聞き、子どもたち同士が語り合い、子どもたち同士が考えるというのを進めていける授業。でもちゃんと到達点はあるんだってできるじゃないですか。

いかがでしたか?実は辻先生はここに載せきれない取り組みをたくさんされています。そのほとんどの取り組みが成功している理由、それがこれから話していただく点にあると考えます。

教師が輝いていないのに、子どもが輝くわけがない

教師が輝いているクラスは子どもが輝くクラス。
教師が輝いてないのに、子どもが輝くわけないじゃないですか。
職員室が輝いていない学校が、子どもが輝くわけがない。
仏像ではなくて、土瓶なんですよね。

仏像も土瓶も同じ鉄や銅でできてる。
でも、仏像は輝いてる。
土瓶は火にあぶられてくすんでる。

何が違うかっていったら、仏像も土瓶も自分で自分を磨くことはできない。
磨いてくれる人がいるかどうかですね。
仏像は毎日磨いてくれる人がいるから輝いていますが、土瓶は全然磨いてもらえない。

つまり、自分の周りにどれだけ自分を磨いてくれる人がいるかによって人は輝きだすんだと思う。

磨くのはお互い同士なんですよ。
だから、職員室が磨きあうところになれば、教師が輝く。
つまり、同じ鉄でできていても仏像になるか、土瓶になるかは、そういうところで違ってくる。
これは、伊達政宗の師匠だった『虎哉(こさい)禅師』が言った言葉です。

教師とは、子どもを輝かせる手伝い

教師は何をするのかと言ったら、格好よく言ったら、子どもを輝かす手伝いかな?と思います。
コーチも教師と役割は似てるなって思います。
教師って知識を教えるのが教師と思われるけど、違いますよね。
学び方を教えるのが教師だし、伸び方を教えるのが教師だし、教え方を教えるのが教師だと思う。

知識を教える教師に学んだ子は、そのクラスや教師を離れたらつぶれしまう。
学び方を教える教師に教わった子は、そのクラスや教師から離れても、学び方を知っているからこれからも伸びていく。コーチングっていうのは、そういうことでしょ?

自分だけではなく、同じ学年やクラスの他の子たちに何かを連鎖していける子っていうのは、成功体験とスキルを持ってるからだと思います。
「自分は友達との関係の中でうなづきをした」「友達の意見をしっかり聞いた」「聞いてから自分の想いを語った」「自分から、どうしたの?ってアプローチをかけた」など、
そういうことをしたらうまくいったという成功体験をもっているから、それをどこかへ行っても使うんです。
だから連鎖的に広がっていくんじゃないかな。

自分を活かすためには、成功体験をもってないとできない。スキルだけ持った人は、つぶれる。
スキルに成功体験が伴ってこないと活きてこない。
このあたりが固まらないうちに教師の手を離れてしまうと、次にまったく違う手法の教師がくると戸惑い消えてしまうんですね。
だからみんなで子どもを育てる学校力が本当に大事だと、僕は思っています。

学校力の大切さ

一人の教師がスーパースターになる学校はだめだと思うんですね。

みんなで子どもを育てる、同じ方向でまとまっていく必要が現在の学校にはとても必要な力だと思います。

もし、このインタビューに付け加えてもらえるものがあるとしたら、それは素晴らしい先輩と同僚に恵まれたこと。「学校力」を教えてくれた校長先生や先輩たち、そして、怒ったり、泣いたり、笑ったりしながら、毎晩夜遅くまで話した仲間がいたことのありがたさです。

これが無くては、学校力は高まりません。

今、自分がこの学校力を高める立場に立って、この3文字(学校力)がいかに難しく時間のかかるものなのかを実感しています。

テレビドラマは相変わらず10年も15年も前の「スーパースター教師」が一人だけ子どもたちの支持を得て学校を変えていくドラマづくりがされています。

荒れている子も、また10年も15年も前の「活力ある荒れた子ども」「主張ある荒れた子ども」が描かれ、日本中の多くの学校が本当に苦しんでいる「様々な心の問題から来る荒れた子ども」「家庭が存在しないことからくる荒れた子ども」「金銭的な苦しさから来る荒れ」などはほとんどテレビドラマでは描かれていません。

これは、学級づくりや1対1の信頼関係だけでは解決できない問題です。

そんな中でも、多くの教師は自分の学級に様々なタイプの違う児童一人ひとりに対する対処方法を学び、それを活かして懸命に学級づくりや荒れに対処しています。

一人の教師の力でどうにかなるなんていうのは、よっぽど恵まれた学校で、これからますます「学校力」が必要になります。

そういう意味でも、コーチングは全職員の意思を共有化できる、教師と教師をつなぐ大きなスキルだと思います。そして、学校力を上げてくれる助けにもなると期待しています。

編 集 後 記

初めて教師になり、赴任した中学校で、辻先生と出会いました。

1年目から何も分からない私に対して、他の先生は教えるというスタイルで関わってくれました。
辻先生も教えてくれるのですが、肝心なところは質問でした。

「稲垣君は、~について、どう思う?」
「稲垣君は、~って、どうしたらいいと思う?」
「稲垣君、これ、やってみる?」

質問が来たときは、最初どきっとしました。

しかし、一生懸命話そうとしている私に対して、うなづいたり、驚いたりして最後まで一切否定せずに聞いてくれる。
話し終わった後は、言った以上、動かなければいけない、動きたい気持になっている自分がいました。

また、そんな関わりの中から、自分自身の教育観が見えてきたりもしました。

そして、落ち込んだときや、悩んでいる時は、遠くから見ていてくれて、何気ない言葉をかけてくれたり、他の先生に「あいつ悩んどるで、これでどっか連れてったって」と言って、同僚にお金を渡し、自分は影からその人を応援しているような、とても愛情深い方でした。

しかし、その一方で、彼から学んだことは、教師は愛情だけではダメだということ。
教師はスキルが必要だということです。

いくら子どもが好きで、愛情が深くても、スキルがない教師は、スピードの速い学校生活の中で、子ども達に一定の力をつけることは難しい。

戦略的に、スキルをもって、子どもと関わることの大切さを学びました。

そんな中、私はコーチングと出会いました。

まさに、辻先生が言っていた、スキル、戦略を持って、子ども達と関われる絶好のツールだと確信しました。

そして、子ども達を輝かせている教師にインタビューをしていくと、子ども達との関わりにコーチングスキルを使っていたり、コーチングマインドを持って子ども達と接している人が多いことに気付きました。

教師には、長年受け継がれてきている、とてもすばらしいスキルがあります。

価値観の多様化する世の中においても、尚、人々を納得させるすごい技術です。

残念ながら、そのようなスキルの高さは世の中に、あまり知られていません。

今回のインタビューが、そのような教師のスキルの高さを表現出来るひとつになればと思っています。

そして、改めてコーチングは新しく作られた技術ではなくて、元々あったものを体系化したに過ぎないと思いました。

私のお世話になった地域では、このようなスキルを、自然に体得している教師がたくさんいました。そんな中で育てていただいたことにとても感謝しています。

インタビューアー

稲垣 友仁(いながき ともひと)

金沢大学教育学部卒業後、三重県公立中学校教諭、小学校教諭を経て、三重県教育委員会へ出向。その後、14年間勤めた公務員を退職し、教職公務員からプロコーチへの転職第1号となる。日本にコーチングが導入されたコーチング元年(97年)からコーチングを導入し、問題児の個性を活かして才能を開花させる奇跡のコーチング手法で、これまでに500人以上の子ども・親に対してコーチングを行なってきた。教育現場を熟知した本格コーチとしては、国内随一の実績を誇る。
現在では、各都道府県教育委員会・行政機関・各教育現場に対してコーチングの講演・導入アドバイザーとしても活動中。講演・プロデュース数は年に100本を越え、10,000人以上の教育者・学生達に対してコーチングを伝えている。
中学校教諭時は、サッカー三重県代表U-14のコーチも務める。
国際コーチ連盟(ICF)認定プロフェッショナルコーチ(PCC)
2007年・2008年三重県教育委員会「教育コーチング推進アドバイザー」
国立宇都宮大学大学院工学研究科「共創コーチングアドバイザー」

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