

おはようございます、共創コーチの稲垣友仁です。
2008年から続けている宇都宮大学での共創コーチングの授業は、
今年で18年目を迎えました。
2月16日〜18日の3日間、今年も学生たちと濃い時間を過ごしてきました。
この授業の目的は、将来的に「共創人材を育てる」という大義がありますが、
単なるスキル習得の場ではありません。自分自身と向き合い、
他者と対話し、自分の価値観を言語化する時間でもあります。
毎年、3日間の最後に行うのが、
「未来に持っていきたい一言」をつくるというワークです。
社会に出る前に、自分は何を大切にするのか。
どんな態度で生きていきたいのか。
どんな言葉を、自分の軸として持っていくのか。
それを一つの言葉に凝縮し色紙に書き、皆の前で発表します。

*上記は、実際の写真をAIで個人が特定されないように変更しています。
このプロセスは、自分の内側を整理する時間であり、
同時に、小さな哲学体系をまとめる時間でもあります。
そしてこれは学生だけの課題ではありません。
僕自身も、毎年この問いに向き合っています。
今年、2026年、僕が選んだ言葉は――
「いき」
でした。

この言葉を深く掘り下げたのが、哲学者・九鬼周造です。
九鬼周造は、明治から昭和初期にかけて活躍した哲学者で、
京都学派に連なる思想家の一人です。
西洋哲学を学びながらも、日本独自の美意識や感性を
哲学的に言語化しようとしました。
その代表作が、昭和5年に刊行された『「いき」の構造』です。
九鬼は、「いき」という言葉を日本人独特の態度の構造だと捉えました。
その構造を支えるのが、
・媚態(びたい)
・意気地(いくじ)
・諦念(ていねん)
の三つの契機です。
媚態とは、他者を思いやる柔らかさ。
相手に開き、相手を感じ取ろうとする姿勢です。
よく相手に「媚(こ)びる」という言葉がありますよね。
これは媚態が生きすぎている状態なのだと思います。
次に意気地とは、一線を引く強さ。
迎合せず、自分の芯を保つ態度です。
「意気地がない」とか、「意気地なし」という言葉がありますよね。
これも同じように意気地という芯がないと言われる言葉です。
あと、諦念とは、現実を受け入れる深さ。
思い通りにならない世界を、そのまま引き受ける覚悟です。
流れに身を任せるといってもいいかもしれません。
流れに身を任せてそれを受け入れる態度が諦念という態度になります。
媚態だけでは、ただの迎合になり、意気地だけでは、孤立した頑固さになる。
諦念だけでは、無気力に近づいてしまう。
なので、この三つが緊張関係を保ちながら循環している状態。
そこに「いき」が立ち上がる、と九鬼は述べています。
僕はこの構造を読んだとき、
今のコーチという職業を行っていく上でとても必要な状態だと感じました。
相手に寄り添う柔らかさと同時に、問いを立てる強さや厳しさも必要です。
そして、相手の人生をコントロールしようとしない大きな流れを
受け入れる受容の姿勢も同じくだと思います。
これらの循環によって、
それぞれが適度に機能している状態が、人としての成熟を生む。
その状態が、人間として「いきいき」している状態であり、
まさに生命力が活性化され「生き(いき)ている」状態になるのだろうと思います。
これら3つの態度をもちながら、生命力を活性化した年にしていきたいと感じました。
宇都宮大学での3日間は、自分の小さな哲学体系をまとめる時間。
私は今年、「いき」という言葉を未来に持っていきます。
媚態・意気地・諦念の循環を、自分の中で問い続けながら一年を歩む。
AIが進化する時代だからこそ、
自分の内側の構造を磨き、生命力を活性化していきたいと思います。
それが、私にとっての今年のテーマでもあります。
皆さんの2026年のテーマは何ですか、
そしてこの1年どのような言葉を持って未来に向かっていきたいですか?
また機会があったら教えてください。
共創コーチング
稲垣友仁
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